ねむいね、くま先生

思考の遠心分離

育み

冬に聴きたいスクリャービン 

 

クラシックを聴く人でもあまり耳にする機会のないロシアの作曲家スクリャービンの作品から、ピアノソナタをいくつか紹介したいと思います◎

スクリャービンを理解するのに必要な5単語

・飛翔

・官能的な悦び

・倦怠

・星の煌めき

・燃ゆる太陽

何となく想像出来るかと思うのですが、スクリャービンはとてもえっちです。今回はそのえっち度も5点満点で合わせて紹介します。

 

・・・

 

ピアノソナタ第2番

初期のスクリャービンショパンのピアニズムを継承しており、その端々に溢れるロマンチシズムを感じることができます。茫洋とした海を漂う第1楽章の夢想感はスクリャービンの中でも特に幻想的です。このソナタは2楽章しかなく、その終楽章はショパンの同じくピアノソナタ第2番の終楽章に極めて似ていて、嵐のように過ぎ去ります(ちなみにスクリャービンピアノソナタ第1番は、ショパンソナタ2番と同じく葬送行進曲があります)。この頃はまだスクリャービンらしさは息を潜めていますが、太陽の光を反射する波の動的な表情は恍惚としており仄かなえっちさを感じます。

評価:えっち度2★★☆☆☆

総評:きらめく波飛沫ってえっちだね

 

ピアノソナタ第3番

ドランマティコと名の付く第1楽章、要はドラマティックのような意味なのですが、その劇的な展開に息をのみます。

特筆すべきは第3楽章、とてもとても美しくえっちです!星が歌う、とスクリャービンが言ったように、夜空を見上げ孤独に耽る、そんなえっちさがあります。

終楽章もかっこよく、fis-mollらしい決然とした、非常にバランスのとれたソナタになっています。クライマックスは第3楽章のテーマが再現され、星の煌めきに包まれ輝かしい瞬間を迎えます。

評価:えっち度5★★★★★

総評:お耽美なえっちさに病みつき

 

ピアノソナタ第4番

スクリャービンソナタの中で唯一の長調と明記されたソナタ。序奏的な第1楽章と躍動感ある第2楽章からなりますが、その第1楽章がめちゃめちゃえっち!!もう1音目からえっち。その次のバスの移りもえっちだしその後の4度の跳躍もえっち!これぞスクリャービンらしさ、と言わんばかりの怒涛の静的恍惚が押し寄せます。そもそもFis-durって輝かしくもベールがかかっていてすごくえっちなんですよね(スクリャービンはfis大好き)。第2楽章は終始幸せに満ちています。はぁ〜こんな生活してみたい。活きて生きると書いて生活なんですよね。この曲もソナタ第3番と同じく第1楽章のテーマがコーダで再現されます。その輝きは燃ゆる太陽となってどこまでも飛翔していきます。は〜えっち。

評価:えっち度8★★★★★★★★

総評:めざそう健康的なえっちさ

 

ピアノソナタ第5番

スクリャービン中期の幕開けを飾るこの作品、もう調性がありません。冒頭のトリルと上昇音形を飛翔・高揚のモチーフにし、その後やってくる倦怠、すべてがえっち、性的です。もう結尾なんて宇宙の彼方へいっちゃってます。こんなにも恍惚とした表情を音楽に出来るなんて、スクリャービン天才ですかね?連綿と続く生の営みとめくるめく官能的な悦び、やるせなさと心地よい疲れをはらんだ倦怠感、幾度となく湧き上がる生への衝動、渇望する爆発的なエネルギー、そういった生そのものの神秘性、、"自身"そのものに忠実で無防備な姿でいること、官能的な悦びに身を任せることの自然さ、ポジティブなまでにありありとそのすべてを描いたこの曲を聴いたあなたはスクリャービンの扉を開いてしまいましたね。ちょっと難解だけど聴きやすい名曲です◎

評価:えっち度10★★★★★★★★★★

総評:えっちさの化身

 

・・・

 

えっち度5点満点のつもりが第4番の時点でメーター振り切ってしまいました。それくらいなんです、スクリャービン

 

☆まとめ

・爽やかなえっちさが欲しいあなたには…ピアノソナタ第2番!

・耽美なえっちさが欲しいあなたには…ピアノソナタ第3番!

・健やかで幸せなえっちさが欲しいあなたには…ピアノソナタ第4番!

・性的欲求にまみれたいあなたには…ピアノソナタ第5番!

 

(ちなみに個人的には第4番が好きです。幸せいっぱいのえっち、って感じです。好き〜!)

 

・・・

 

頭のおかしいブログになりました。

 

 

 

映像

今年行った場所たち〜春の陣〜

 

嬉野温泉(2月)

とある研究室の3人で行ってきました、嬉野温泉。さびれた忍者村みたいな施設が思ったより楽しかったです。吹き矢の才能があったので将来仕事に困ったら吹き矢請負人になります。

f:id:ohr_sss:20180412210715j:image

 

原鶴温泉(2月)

本当は黒川温泉に行く予定が雪のため高速が通行止に。当日予約して西鉄電車原鶴温泉に行ってきました。川沿いで強風に吹かれたり。あとその日お兄さんは26歳になったのですがお祝いしてもらいました。お兄さん年相応にしっかりするね。ありがとう。

f:id:ohr_sss:20180412211323j:image

 

別所温泉(2月)

長野に幽閉されている同い年お兄さんのもとに、同い年お兄さんと行ってきました。男3人旅行はじめてでした。野沢温泉も行ってみたい。

f:id:ohr_sss:20180412211941j:image

 

・箱根(3月)

ロマンスカーに乗って久しぶりの箱根。ひたすらだらだらした。花粉がすごかった。養老旅行。みんな年をとりました。

f:id:ohr_sss:20180412212507j:image

 

・福岡(3月)

2月ぶりの福岡。演奏会の本番の後に、年パスガチ勢のお姉さんと改修後はじめてのマリンワールドに。ここのラッコはめちゃくちゃかわいい。ごはんたべながら手を振ってくれます。愛嬌だけで食べていける。帰りの飛行機が機材トラブルで一泊延長になったのでクイーンサイズのベッドで1人寝ました。広いベッドは思ったより寂しさのダメージが大きかったです。(お客さまの声〜26歳男性〜)

f:id:ohr_sss:20180412213039j:image

 

・奈良・京都(3月)

東京からひとり京都へ。のぞみで2時間、思ったよりすぐでした。京都でみんなと合流した後は、観光もせずすぐ奈良に。奈良公園で鹿に服をたくさん食べられました。鹿に時間を割きすぎたため東大寺はほぼ流し見。京都に戻って町家に泊まった後は、嵐山観光をしました。桜はあまり咲いてなかったけど人は多かったです。

f:id:ohr_sss:20180412213810j:image

 

そんな感じで温泉ばっかりにつかってました。その間、職種が変わったり、髪を銀色に染めてみたり、車校に通い始めたり、いろいろあったのですが、最近は割と落ち着いてきて都内で研修をしてる福岡の友達とごはんにばっかり行ってます。先週はピアノの発表会があったりして、予定していたイベントがひと段落ついたので、今年の残りの上半期はのんびり過ごせたらいいなと思ってます。

 

青春の熱量

何か出来ないことがあるとすぐ才能が無いとか、向いてないとか、不器用だから、と自己防衛の理由をつい探してしまう。確かに向いてないことがあるのは明白だし、才能なんて有限で微小だ。でも結局は才能のせいにしたり不器用なせいにしたりして結局何もやろうとしてないんだなと思う。不器用なせいにすれば未熟な自分を守れて、努力しないことを肯定してくれる。向いてないと言えばやらなきゃいけないことが満足に出来なくても仕方ないと思える。才能が無いことにしてしまえばやりたいことにも諦めもつく。挑戦すればきっと味わうであろう苦い挫折に傷付かなくて済む。

 

年齢を重ねると自分が越えることのできるハードルの高さを冷静に分析することが出来る(その思考力は経験がもたらす恩恵の1つだと思う)。だから微妙なラインのハードルは越えようとさえしない。着地に失敗したら怪我をしてしまう。歳をとると傷の治りも遅くなる。

 

挑戦しないことは別に悪いことじゃ無い。自分で考えて選択した結果なら尊いものであるはずだと思う。でも、悪いことじゃないはずなのに、心の中で何かがくすぶってしまうのはどうしてだろう。

 

いくつになっても挑戦の連続!という日本人が好きそうな紋切り型の思想に毒されてるせいかもしれない。何事も諦めずに頑張ろう、結果よりも過程だよ、といった無責任な言葉は耳触りがよくて、誰かのためを思う言葉は口にするだけで気持ちよくなれるからタチが悪い。応援それ自体が甘美なコンテンツ化していると思う。普段接することのない第三者に対してでも優しさを持てる自分を再確認して安堵する、その自分に酔ってるのは、感動のインフレで安売りされたケーキの形をした甘い疑似餌に群がる蟻と大して変わらない。でもやっぱり誰かを応援するということが美しく見えるのは、何かに挑戦している人が美しいからで、何かに挑戦すること、それ自体に価値があることだからだと思う。

 

青年期を過ぎると新しく何を始めるきっかけも無ければ、その体力も無い。何かに挑戦し続ける熱量を維持することも困難だ。でも清々しく諦めることさえ難しくなる。自分の人生を正解にするためにムキになる。過去を正当化するために挑戦しなくなる。だからこそ出来ないことは何かしらの理由をつけて排除しようとする。手に届く範囲だけのモノで自分を満足させようとする。でもそうやって自分の人生を自分で決めてしまって、本当に幸せなんだろうか?

ぼくは別に人生何歳になっても挑戦だ、とかは思わない。人それぞれペースがあるし、それを美徳とするにはあまりにも乱暴だと思う。穏やかな幸せを手にしているなら新しい不安因子でそれを脅かす必要もない。

でもやっぱり、新しく挑戦することは楽しい。いままで生きてきて自分のことわかっているつもりでいたけど、何かに挑戦するたびに知らない自分に出会えることが素直に嬉しい。挫折があろうとも、限界を知ることになろうとも、誰かと競い合って生きているわけじゃないし、別にそれでもいいやと思える。結局、ぼくは賢明な人生を生きることは出来ないだろうけれど、無難な人生を送るくらいならずっと失敗しながらでも楽しく生きたい。自分の人生が歴史になるには早過ぎる。

 

新しいことを始めるには熱量が足りない。いつでも青春の熱量を思い出せたらいいのに、とも思う。でも年齢を重ねることの唯一の利点は成熟することではなくて、いつでも無邪気な少年時代に、熱い気持ちを持った青春時代に戻れることだと思う。年をとって身体のキズは治りにくくなったけど、心の怪我の治し方は昔よりたくさん覚えてきたはず。それが大人、挫折の1つや2つ、大したことない。

 

 

猫になったら

猫になったら、1日中ごろごろして過ごしたい。暖かい部屋の中で床に寝転がってぼーっとしていたいし、窓から見える景色の些細な変化をじーっと見ていたい。たまには外に出て散歩もしてみたい。アスファルトの道路のど真ん中で寝そべって、通ろうとする車を困らせてみたい。何か1つのものを追いかけることに夢中になりたいし、眠くなったら好きなだけ寝たい。少し寂しくなって構って欲しくなったら甘えたいし、飽きたらその好意をそのままに我慢させたい。めんどくさいことは嫌いだ。いつだって自分の思うままに生きてみたい。少々のわがままだって、かわいいから無条件で許される。そんなことを思いながら、ぼくは猫になることはなく26歳になりました。こんばんは。

 

いやはや、もう26歳です…26歳ってもっとしっかりしていると思ってました。が、それは自身の大人像の揺らぎによって年々変化していくことなので気にしません。どうせ27歳になるときも同じこと思うし。割愛。

 

・・・

 

何だかこの1年は自分に足りないものを必死に追いかけていたような気がしていて、何かを取り返したいと思っていたけれど、結局特に変わることも無かったのかな、と今は思います。(少しは変わったと思うけど。)こうなりたい、と思うのは自身を向上させるために必要なことだし、素敵だなあと思うんですが、目指した先が自分の属性に向いているかは別の話で。ぼくの場合、多数ある向いてないことを何とか向いているものにしようと苦心していた気がします。短所だらけなので(歩く社会の不良債権)。でも憧れは自らの良さを殺しかねないし、エゴの範疇を超えることは無いのかなと。必要なのはこうなりたくないという反面教師像で、というのは自身の成熟の1つの指針になりうるし、それを避けることさえできれば嫌な自分にはならない。自分が今持っているもので生き抜く覚悟、その潔さ(ある種の諦め)がないと、本当に魅力的な人にはなれないんだろうなと思います。日々の言動を省みて是正していけば、間違いなく理想の自分に近付けるし、誠実ささえあれば大丈夫な気がしています。生まれてきてからこれまでに獲得してきた良さを磨いて持ち合わせで勝負する、それを賢明と呼ぶのでしょうか。数少ない自分の良さをきちんと理解して大事にしていきたいですね。そうすることが交換不可な自分になるための唯一のサルベイション。

 

・・・

 

モーツァルトクラリネット協奏曲みたいな人いいよなあ…って思っていましたが、あんなに穏やかで明るい大人にはなれないので、諦めてシューマンの3つのロマンスみたいな人になりたいです。笑

 

というわけで最近はこの音源にはまっています。

・3つのロマンス/シューマン

オーボエってクラリネットみたいに器用でも無ければ万人受けするまろやかな音色でもない、けれど制約が多い(音域が狭いなど)故の魅力がたくさんあるなあと思います。いつか吹いてみたい。

 

シューマンってオーボエに素敵なメロディいくつか書いてるんですよね。その最たる例がこのピアノ協奏曲です。

・ピアノ協奏曲/シューマン

冒頭のオーボエで演奏されるメロディ(C-H-A音型:シューマンの愛したクララに因んだ素敵なレトリック)が何とも絶品…。このメロディを吹くためにオーボエ初めました。それくらい好きです。

 

 

今年はシューマンの作品をいくつか演奏する機会がありそうなので嬉しいです。またそのうち紹介します。

 

・・・

 

今年もたくさんの人と会ったり、いろんなところに旅行してみたいです。音楽も続けていきます。よろしくお願いします。

 

泳ぎ切る

こんばんは。またしても1ヶ月ぶりの更新になってしまいました。いやはや、すっかり秋ですね、、金木犀の香りがメンタルを殺しにかかっていますが、みなさんお元気でしょうか。

セーターを着ていると問答無用で育ちが良さそうに見える(と信じている)ので、少し肌寒い季節になって嬉しいです。まともそうにみえたい、という願望かわいらしいですよね(そう思いませんか)。セーターのおかげで社会適合者偽装出来ているわけですね。何を言っているんでしょうか。

 

最近はというと、演奏会も終わりひと段落して、のんびりした休日を過ごしております。本日も友達とカフェに行った後、解散して別のカフェで読書するという、カフェイン過剰摂取という一点を除けば模範的休日です。

福岡の友人と東京の友人とが着々と繋がってきていて(お互い同じような趣味の友人なので、まあごく自然な成り行きではある)、予測された事態ではあるもののあまり芳しい状況ではありませんね。意図しない個人情報の流通は避けたいところでしたが、まあ無理な話でしょうか。他者から見た自分像についての流出は自身の本質には影響を与えないと信じてやり過ごすことにしています(実際は別にそんなに嫌じゃない)。

 

そんなこんなで先週は1年ぶりの演奏会でしたが、久しぶりに本番独特の感覚を味わいましたね…。それなりの緊張感があって、ただただ続く毎日の中に必要な刺激だったと思います。本番中は終始にやけてしまいましたが。

アンコールは以前紹介したショパンノクターン10番でした。

 

そんなこんなで練習続きの週末だったので、今週は久しぶりに何の予定もない週末です。先週は演奏会の後、幼馴染が仕事で上京していたので遊んでました。長く一緒にいるからといって好みが一致するわけでもなく、嫌じゃないという範囲をすり合わせて生きています。会うのはまた年末ですね。はやく帰省したいこの頃です。

 

 

・・・

 

 

最近はドイツロマン派(シューマンシューベルトブラームス)にはまっています。やはり秋ということもあり、これらが胸にしみますね。

今回はブラームスの小品をいくつか紹介します。

 

ブラームスはピアノの作品をいくつか書いているのですが、晩年になるまでしばらくピアノ作品を発表していない、数年の空白期間があります。そのブランクで熟成された音楽は、晩年に生み出された116,117,118,119の小品集でいかんなく発揮されており、どれも内省的なブラームスらしさを十分に感じられる絶品です。

 

<作品117>は3つの曲からなり、この曲集は神秘的で透明な響きがする、ブラームスの深淵な表情が味わえる作品集です。

 

・117-1

作品117といえばこの曲、といわれるくらい、ブラームスの愛らしさと抒情性が詰まった名曲になっています。Esdur特有のたおやかな旋律が天上の音楽のように美しく、幻想的です。

 

・117-2

複雑でわかりにくい旋律がひたすらに魅惑的で、bmollらしく官能的で翳りのある雰囲気の中、中間部のDesdurが淡い青春の思い出のように輝きを放っています。

 

・117-3

この作品集の中で一番よくわからない(僕も最近まではひたすらに暗い曲だなーと思ってました)、けれど聴けば聴くほどその魅力の虜になってしまう、そんな曲です。簡素なcismollのメロディがドラマティックに、しかし繊細に展開され、中間部の断片的なAdurのメロディは切なくもあたたかく、ブラームスがこの作品に込めた想いや気概を感じずにはいられません。

 

<作品118>は6つの曲からなり、ブラームスらしさともいえる枯淡な味わいと哀愁が胸を打つ、そんな作品集です。

 

・118-2

どのメロディをとっても哀愁を誘う、メランコリックな絶品で、作品118といえばこれ、というくらいの名曲です。ブラームスの作品はどれもそうですが、主題と中間部との対比が素晴らしいですね。fismollの中間部の旋律が胸を捉えて離さず、Adurとのコントラストが色鮮やかに再現されます。

 

・118-3,Ballade

前曲とはうってかわって情熱的なこのgmollの曲は、バラードと名付けられています。晩年のブラームスにこれほどの衝動があったのかと思うと、彼がこの作品で表現したかったものは何だろうかと考えてしまいます。これまた中間部のHdurの透明感が美しい。

 

・118-5,Romance

ロマンスと名付けられたこの曲は、Fdurの下降音型のなかにメロディが隠されています。夜空に輝く星をひとつずつ見つけて結んでいく、そんな甘い情景を想像させる、ロマンチックな曲です。

 

<作品119>は4つの曲からなる、ブラームス最後のピアノ作品です。諦念と穏やかさ、ブラームスの情念すべてが込められた作品集です。

・119-1

hmollの調性がぼやかされ曖昧な雰囲気の中で進んでいく様は、憂鬱な霧の中を茫洋と進んでいく人生のように諦めに支配されていて、心に深く影を落とすけれど、Ddurで現される中間部では光が差し込み救いが訪れるが、悲劇的な展開を経て再び翳りを帯び、恍惚としたきらめきの靄の中に消えていく。

 

・119-2

切迫したリズムと不安定で断片的なメロディが切なさを駆り立てる。何かを求めて彷徨うドラマティックな展開と和声進行が耳に残る名曲。

 

・119-3

晩年のブラームスの遊び心が詰まった、愛しい小品。そのシンプルなメロディは心を掴み、切なさを感じずにはいられない。生真面目なブラームスはこんな風に生きたかったのだろうか。楽しい過去の記憶を死ぬまでにあと何回振り返ればよいのだろう。その楽しかった時間は幻のように過ぎ去っていく。

 

・119-4

力強く進行するメロディ、これほどの情熱が晩年のブラームスに残されているとは…様々な表情を見せながら音楽は展開していき、緻密で隙のない構成はさすがと言わざるを得ません。ブラームスのピアノ作品の最後を飾るのに相応しい、壮大な作品です。

 

 

今回はyoutubeの音源をあげましたが、ルプーの演奏が絶品なので是非聴いてみてください。(apple music、amazon musicどちらにもあります)個人的には名曲といわれている117-1よりも117-2、118-2よりも118-5が好きです(ひねくれている)。いやー、ブラームスがこれらの作品を残してくれていることにただただ感謝です…。それだけでも生きていて良かったなと思えます。未来だけでなく過去に生きる希望があるのは素敵なことですね。

 

 

版画

こんばんは。お久しぶりになってしまいました。9月に一度くらいは更新したいな〜と思いつつ気付けば10月でした。びっくりしております。土日の夜に代々木上原サンマルクでブログを書く、と一応決めているのですが、お店に来ても何だかんだだらだらしてしまってました。

いやはや、もう今年も残り3ヶ月を切ってしまいました…早いですね。今年何もしてません。

 

ここ数ヶ月いろいろ遊びに行ったのでまとめておきます。

有馬温泉(8月)

3年ぶり3度目。含鉄泉である金泉と、ラジウム泉である銀泉の2種の温泉が湧き出ているのですが、僕は銀泉が好きです。(金泉はどろどろ、銀泉はさらさらしてる。)温泉地といえば地ビールとサイダーが最強という勝手な説を提唱しているのですが、今回はどちらも飲めなかったので次はリベンジしたい。有馬や道後などの歴史ある温泉地には夏に行きたいですね。浴衣着たりして。

 

・福岡(8月)

6月ぶりの福岡。水炊きで有名な華味鳥に初めて行きました。あと猫がたくさんいる相島も。ネコカフェよりも猫島の方が楽しいのかもと思いました。とにかく猫が多いし、どの子も人馴れしててスリスリしてくるからかわいい!猫が膝の上に乗ってきて身動きが取れなくなってお昼ごはん食べ損ねるところでしたが。あと、島まで行く船がめちゃめちゃ揺れて割とスリリングでした。

f:id:ohr_sss:20171007212330j:image

 

・名古屋(9月)

2月ぶりの名古屋。前回はまわりきれなかった科学館から。小学生ぶり?のプラネタリウムがすごかった!ただ快適すぎて前半はほぼ爆睡。みんなが東の空を見ているのに僕は西の空を見ながら寝てました。物理方面に疎いので詳しい人に解説してもらいながらまた行きたい(鬱陶しがられそう)。

リニア鉄道館は初めて。運転シミュレータ楽しかったです(クリアできなかったけど)。免許欲しいな〜。(切実にいい加減取らないとまずい。集団で行く免許合宿に耐えうる社会性が無いから学生時代に諦めてしまったのがよくなかった。)あとジオラマがきれいだった。ハマったら沼だろうな〜。

夜には埠頭の方まで行ったので工場夜景も見に行きました。ロマンチックな気分にさせやがる。

翌日は3度目の名古屋港水族館。冬に行った時とイルカショーの内容が変わっていて、攻め攻めだった。最前列に座ってしまったのでスコールに降られたぐらいびしょびしょに。でもそんなに濡れることって日常ではほぼないから楽しかった。

名古屋名物もたくさんたべました。手羽先もエビフライもおいしかった。味噌煮込みうどんも。

f:id:ohr_sss:20171007212243j:image

 

井の頭自然文化園(9月)

近場だし前々から行きたいな〜と思っていて、遂に行ってきました。小動物メインの展示だったけど種類は多くて、フェネック初めて見られて嬉しかったです。リスの小径はリスまみれ。途中から雨。

f:id:ohr_sss:20171007212250j:image

 

 

国立科学博物館(9月)

科博、夏休み期間は金曜夜21:00まで空いていて、夜の博物館に行きたい!と思い仕事終わりに行ってきました。ソロ博物館になりそうだったけど福岡の友達がちょうどインターンで東京にいたので、久しぶりに会ってきました。ノーベル賞受賞者の研究内容が紹介されているコーナーがあるんですけど、そこが感涙もので…そこだけに何時間もいられるので他に進めません。今回も全部まわりきることできなかったのでまたリベンジします。子ども向けの施設?にたまたま入れてラッキーでした。(決して童顔だからとかではない。)恐竜の化石や動物の剥製の展示数が多くて、太古の地球や見知らぬ大地にわくわくします。

f:id:ohr_sss:20171007212351j:image

 

・高尾山(10月)

京王線で1時間くらい、学生時代はよく行ってたのですが、山頂まで行ったのは今回が初めてでした。そばが好きなのでそばのお店が多いのも嬉しい。下りのリフトがめっちゃ怖い。山道もルートがいくつかあるので制覇するのも楽しそう。涼しい季節だったので良かったかな。駅には温泉施設も出来てて、このクオリティが意外と高かったです!ビアマウントは安定の楽しさでした。また来年も行きたい。

f:id:ohr_sss:20171007212408j:image

 

アクアパーク品川(10月)

エプソンアクアパーク。品プリ内にある水族館。こちらも夜22:00までやってるので仕事終わりのカップルがたくさん。展示もプロジェクションマッピングなど他の水族館とは違っていて面白かったです。思っていたより種類も多いし、マンタを初めて見られたのが何より嬉しかったです。いやーマンタ、でかいね。背面の深みある紺色が印象的でした。カワウソがせわしない。無自覚の愛嬌がすごい。カピバラってやっぱかわいいよね。

f:id:ohr_sss:20171007212429j:image

 

こう振り返ってみるといろいろたくさん遊びに行ってますね。一緒に遊んでくれるみなさんに感謝です、本当に。ありがとうございます。これからも遊んでください。

直近の目標としては三重・秋田・金沢に行きたいです。寒くなってきたし温泉もいいね。